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A5判 上製本 275ページ
定価 3,300円(本体3,000円+税)
池宮喜輝
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明治、大正、昭和を生きた琉球古典音楽家
池宮喜輝著作集最終巻
寄ゆる年波や露ほども思まぬ
朝夕うたの道訪ねぼしやの 瑞泉
「瑞泉」も名は東恩納寛惇から贈られた号で、首里城の瑞泉にちなんで「中山第一」の意味で、「源遠流長」の義も含んでいる。
楽曲をどの歌でどう歌うか、歌う人の力量、センスが問われる歌三線の世界、よしや鶴、恩納なべ等のまるで沖縄芝居を見ているかのようなドラマチックな伝説、エイサーや綱引き等の伝統芸能・行事の在り方についての一家言等々。年譜収録
・本書「解題」(西岡敏)より抜粋
最後に、本書の最も惹かれたところについて書いて綴目としたい。「惹かれた」とは書いたが、それはどちらかと言うと私にとって課題と思われる部分である。それは、初見では到底理解できない沖縄語のテキストが本書に数多あるということである。数多あることの素晴らしさは、豊富に集められた琉球狂歌またはエイサー関連の歌詞を逐一とってみても感じるのだが、同時にそれら多くの言語テキストとしての意味解釈が、現状、私にとって難しいことを考えると、琉球語の研究者でありながら、自分の不甲斐なさを痛感するのである。
●目次
口絵
凡例
第一章 琉歌と狂歌
第一節 琉歌
亡びゆく琉歌の記録
琉歌の演奏と思入れ 演奏用分類解説琉歌集について
解説琉歌集
琉歌(池宮瑞泉作)
◆書簡二通
第二節 狂歌
琉球狂歌漫筆
狂歌集
第二章 歌人と歌 — 伝説を訪ねて
第一節 女流歌人伝説
遊女よしや鶴伝説探訪記
遊女よしや鶴伝
鶴、花の島に渡る /よしや鶴と琉歌 /よしや鶴詠の歌 /よしや鶴伝説について(金城氏の指摘に答えて)
美声北谷真牛伝
歌人恩納ナヘ女伝
恩納ナヘ女詠歌集 /朝薫と恩納ナベ
第二節 琉球音楽楽曲にまつわる話など
伊野波節の伝説
伊野波節について(西平氏の疑問に答えて)
平敷節の伝説
辺野喜節の伝説
ハンタ前節について
昔蝶節について
琉球音楽の鼻祖赤犬子
墓と歌三味線
◆芸能所感
第三章 民俗芸能私見ほか
第一節 伝統行事の芸能
爬竜船の由来と起源
七月エイサーの歴史
エイサーの歴史 コザのエイサーコンクールを審査して
那覇四町大綱の歴史
◆琉球人の手拳は命取り
第二節 その他の芸能/マッコーの話
チョンダラーの伝説
みろく代とふたがちゃの御代
盆栽の王者マッコーの歴史
〈参考資料〉
私の音楽修行時代
川崎有志座談会
解題 琉歌、沖縄語テキストとして 西岡 敏
本書の出典・参考資料
池宮喜輝年譜
あとがき
●プロフィール
著者プロフィール
池宮 喜輝(いけみや きき)
1886年(明治19)那覇市若狭町村に生まれる
1904年 桑江良慎の高弟・我謝秀益師に入門し本格的に三味線の道へ
1915年(大正4)金武良仁らと沖縄音楽最初のレコードを出す
1924年(大正13)野村流音楽協会創立(会長伊差川世瑞)副会長に就任
1928年(昭和3)「絃声倶楽部」を結成し、後進の指導にあたる
1929年(昭和4)県議会議員に当選
1936年(昭和11)東京で開催された「琉球古典芸能大会」に出演
1944年(昭和19)宮崎県に集団疎開
1945年 九州で終戦を迎え、1947年疎開先の九州から川崎市に転居
*池宮城姓を池宮に改姓。
1948年東京沖縄芸能保存会を東恩納寛惇らと結成(会長:比嘉良篤)
*川崎市中島町において野村流の指導を行う。東京での公演などに出演
1951年 ハワイと北米に渡り音楽の指導と三味線調査を行う
1952年 野村流音楽協会第五代会長に就任(1963年3月31日まで)
1954年『三味線宝鑑』を出版
1956年 琉球政府文化財保護委員、無形文化財の専門委員を拝命
1957年 高野山、比叡山を訪れ、声明と琉球古典音楽の関連調査を行う
*川崎から沖縄に戻る
1958年 古希記念の『琉球百人一首』と『琉球の狂歌』を出版
1961年 沖縄タイムス賞(文化功労賞)受賞
1963年 『演奏用・分類解説 琉歌集』を出版
1963年 ハワイや南米の支部の招きで指導へ。1964年4月帰沖
1967年 死去(7月22日)
1982年 野村流音楽協会により、沖縄市民会館前に顕彰碑建立
1987年 『琉球芸能教範』(月刊沖縄社)発行
2004年 国立劇場おきなわの組踊先達顕彰碑に刻銘
●初版発行
2026年6月