• 『海に生きる 島に祈る  ー沖縄の祭祀・移民・戦争をたどるー』加藤久子著 

『海に生きる 島に祈る ー沖縄の祭祀・移民・戦争をたどるー』加藤久子著 

978-489982-390-2

2,200円(内税)

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●四六判 269ページ
●定価2200円(本体2000円+税)
●加藤久子 著
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沖縄に生きる人びとの労働と祭祀の生活誌

沖縄の漁村糸満(糸満市)、港川(八重瀬町)、奥武島(久米島町)、池間島(宮古島市)
一人ひとりのライフヒストリーが紡ぎ出す沖縄の歴史と文化

■目次
序 章 戦前の沖縄の写真から
第一章 糸満売りと南洋移民
第二章 漁村集落と女性の経済活動
第三章 糸満の門中組織
第四章 糸満漁民の足跡【久米島町奥武島】
第五章 宮古島池間島の漁業と祭祀
第六章 漁業の島の祭祀
終 章 地域共同体の再生に無けて
あとがきにかえて

■あとがきにかえて
 沖縄本島の糸満漁民調査に参加したことをきっかけに、私がひとり糸満通いを始めていたのは、一九八五年ごろのことだった。潜水による大型追込網漁アギヤー(廻高網)を生み出し、県外はもちろん海外に出漁した時代背景と、その大量の漁獲物を売りさばく、販売の担い手としてのアンマーたちの強い精神力と経済的自立性に心を奪われた。
 まだ何もつかめず、手探りの状況が続いていたそんな時期に、またもや訪れたのが宮古島調査だった。迷うことなく池間島を選んだ。沖縄本島の代表的な糸満の海人(ウミンチュ)と、遠く海を隔てた宮古島池間の海人(インシャ)を対比することで、漁民集落の形態と漁労の特殊性を見い出したいと願ったからだ。両者ともに海を生産の場とする伝統的な漁村集落であった。
 池間島は、一九九二年に池間大橋がかかる以前は、フェリーや連絡船で宮古島本島と結ぶ離島だった。デジタルカメラ普及以前であり、私は重いフィルムカメラを抱えて池間の桟橋に降り立ったものだった。「神の島」と呼ばれ、聖なる祭祀と漁労活動を両輪とする島の人びとは、糸満と同様に迎え入れてくれた。
 沖縄との関りでは、一九九八年から約一〇年、沖縄本島中南部に位置する浦添市で、私はプロジェクトチームとともに『小湾字誌』(写真集、記録集、戦中戦後編)の編集を担う仕事に係わることになった。「ちゅらさ小湾」(美しい小湾)と呼ばれた浦添唯一の海辺の集落は、沖縄戦によって戦場となり、焼き尽くされて、敗戦後はすべての居住地と農耕地が米軍基地(キャンプ・キンザー)に接収された。
 多くの肉親を失った悲しみを背負いながら、生き残った人びとの戦後もまた過酷なものだった。ふるさとを接収され、帰る地のない小湾の人びとが、四年間にわたる収容所生活ののち、移住したのは割当農耕地の宮城クモト原と呼ばれた原野だった。住民総出で借地の荒れ野を整地し、現在の宮城六丁目に新たな小湾市街地を築くには長い歳月を必要とした。その記録を作る私にとっても、いきなり戦場に投げ出されたのも同然だった。人びとの血まみれの体験に耳を傾けながら、その返り血を浴びるような感覚に、私は幾度となくたじろいだ。そして約一〇年、三部編の『小湾字誌』が刊行されたとき、もはや沖縄は「他者」ではありえなくなっていた。
 私はふたたびこの書で、糸満や池間島の人びとが体験してきた海外移民、外地での戦争、沖縄戦、そして戦後の再出発と立ち向かうことになった。
 分村を含めた糸満へは、ほぼ途切れることなく訪れる機会は続いていたが、池間島への再訪には期待と同時に不安もあった。経済基盤であったカツオ漁業は衰退し、共同体の精神的支柱であったカンニガイ(神願い)を司るツカサンマも選出できない状況で、どうなっているのか。しかし島は県内外からも注目される新たな歩みをはじめていたのは本書のとおりである。どのような時代にあっても、地域共同体と祭祀によって困難を乗り越え、現在、過去、未来へとつないでいく、海に生きる人びとの精神的営為に触れた、私の長い道のりであった。
 ここにたどり着けたのは多くの方々のお力添えにほかならない。本書に登場してくださった方々はもちろん、資料提供をはじめ、私の駆け込み寺的存在だった糸満市教育委員会の加島由美子氏、雑誌連載中から細かいチェックをし、報告の場(次頁)を準備して下さった金城善氏、糸満漁業協同組合の東恩納博組合長、前組合長の金城宏氏、城間辰也参事をはじめ職員の皆様、先輩漁師や門中関係者を訪ね、確認に走って下さった上原隆氏、上原悟氏、門中組織に精通した宮城英雄氏、池間島の詩人で郷土史家の伊良波盛男氏。まだまだ多くの方々が脳裏をかけめぐる。
 最後に糸満での取材に同行し、常に伴走して下さった市来哲雄氏と、連載原稿を再構成し、出版にまでこぎつけて下さったボーダーインクの池宮紀子社長に深く感謝申し上げます。
   二〇二〇年七月 


*本書は、月刊誌『きらめきプラス』(愛育出版)での連載「沖縄の女たち」(全二五回、二〇一七年六月第五六号〜一九年一一月第八〇号、七八号から誌名『きらめきプラスVolunteer』)を再構成し加筆修正したものです。なお提供者を明記した写真以外は、すべて筆者による撮影です。


■著者略歴
加藤 久子(かとう・ひさこ)
1937年生まれ。法政大学沖縄文化研究所国内研究員
1998年から約10年、浦添市の小湾字誌編集委員会による『小湾字誌』(三部編)の編集・執筆に関わる。
写真集『よみがえる小湾集落』2003年。小湾戦後記録集『小湾議事録』2005年。本編『小湾字誌』(戦中・戦後編)2008年。
【著書】
『糸満アンマー 海人(うみんちゅ)の妻たちの労働と生活』(おきなわ文庫)ひるぎ社、1990年。
『海の狩人 沖縄漁民−糸満ウミンチュの歴史と生活誌』現代書館、2012年(沖縄タイムス出版文化賞正賞受賞)。

■2020年8月発行